サイレンススズカよ永遠に

梅酢のレシピの前に書きたいことが出来たのでそちらを先に書きます。

サラブレッドのことなので

興味のない方はスルーで。

大好きだった唯一のサラブレッド

急に彼のことを思い出したので書いておきます。

ずっと忘れていたと思ってたけど

忘れていたのではなく

心の奥の奥にしまい込んでいただけ。

なぜなら

あまりに辛すぎたから。

ここ最近

過去の自分を癒すということをやっていたら

いきなり彼のことが思い出された。

もう彼のことをちゃんと卒業しなければならない時が来たのかもしれない。

彼の名はサイレンススズカ

JRAの競走馬。

いわゆるサラブレッドだ。

まだ4歳という若さで

20年も前に天に還ってしまった。

あまりに急なことだった。

 

私がサイレンススズカのことを知ったのはもう20年も前の事。

父はサンデーサイレンス

母はワキア

仔馬の頃はワキちゃんと呼ばれていたらしい。

彼は優秀な競走馬として期待されている最中

帰らぬ存在となった。

私は競馬が好きだったわけではない。

勝馬投票券も殆ど買ったことはない。

なのになぜ彼のことを知っているのか。

父と兄が日曜日になると我が家で競馬新聞を広げながら競馬談義をしていたからだ。

自然に競走馬と騎手の名前を知り

見るとはなしに競馬中継を見ていた。

そんな時私の心を奪ったのが

サイレンススズカだった。

誰よりも速く走る大逃げ馬

輝くような栗毛の見事な馬体。

なのにお茶目で可愛い眼差し。

ペパーミントグリーンのメンコと黄色いポンポンがよく似合っていた。

そんな可愛い姿に似合わず

彼はいつも大逃げというスタイルでレースをする馬だった。

逃げて逃げてそのままゴール!

他の馬を寄せ付けない強さ。

その姿は本当に素晴らしかった。

何よりサイレンススズカ本人(本馬?)がとても気持ち良さそうに走っていたのが印象的。

以前、彼があまりに速く走るので後続馬の気配がなく

鞍上の武豊さんは

「もしやレースが中止になったのでは?」

と心配になったことがあるらしい(思わず後ろを振り返って確かめたほど)

それくらいサイレンススズカの速さは群を抜いていた。

後から知ったことだけど

仔馬の頃から誰よりも先頭を走っていたらしい。

そして人懐こくて

独り遊びが好き。

そんな可愛いらしさと惚れ惚れする強さのギャップ。

私は彼が大好きになった。

運命の11月1日 秋の天皇賞…

私はまだ生で彼を見たことがなかった。

いつか競馬場で会ってみたい!

そう思っていた。

だけどその夢が叶う事はなかった。

いつかは永遠にやって来ない。

 

運命のあの日。

20年前の11月1日

東京競馬場 秋の天皇賞

天才騎手 武豊さんを鞍上に

彼が勝つのは必然だった。

誰もがそう信じて疑わなかった。

もちろん私も。

 

スタート後、いつも通り大逃げのスタイル。

あまりに速いので他の馬が見えない程だった。

このままゴールをすると誰もが思っていたその時。

いきなり彼は失速

あっという間に後続馬に追い抜かれた。

東京競馬場 大けやき 魔の第4コーナーにて

彼は止まってしまった。

武豊さんを背にしたまま

前脚を浮かせていた。

いったい何が起こったのかわからなかった。

予後不良…そして安楽死処分

粉砕骨折。

サラブレッドにとって骨折は致命傷だった。

粉砕骨折の原因は不明。

そのあまりの速さが骨の寿命を縮めたと言う意見もある。

でも

武豊さんは

「原因は無い」

のだと言っていた。

 

当時、予後不良の意味をよく知らなかった私は一晩中彼の回復を祈った。

そして翌朝

予後不良が安楽死を意味すると知った…

彼は粉砕骨折により安楽死処分となっていた。

昨日まであんなに輝いていたサイレンススズカはもういない。

あまりに急すぎて理解出来ない。

放心状態だった。

涙も出ない。

信じられなかった。

さよならスズカ…

彼はあっけなく死んでしまった。

その日

電車に乗ると座席でスポーツ新聞を広げている人が大勢いた。

嫌でもサイレンススズカの記事が目に入る。

サイレンススズカ戦死

と大きく載っている。

気がつくと涙がボロボロ流れていた。

止めようにもどうにもならない。

 

その日どのように過ごしたのか全然覚えてない。

ただただ哀しかった。

人間の都合で生きなければならない動物達

その日から競馬が見られなくなった。

テレビの音を聞くのもいや。

今も競馬中継は全く見ていない。

その頃は何も考えていなかったけれど

競馬とは

人間の欲で行われるもの。

そして骨折すれば死ぬしかない。

骨折しなくても

成績を残せなければあまり良い余生は期待出来ない。

人間のなんと勝手なことだろう。

何も考えず競馬を見ていた自分が嫌になった。

愛をもって馬に接する武豊さん

そんな中

唯一の救いは武豊さんの存在だった。

彼は心から馬を愛している。

彼の言動からそれが伝わる。

馬達のことを彼、彼女と呼び

レース後は

鬣にキスして労う姿も見られた。

自分は馬に勝たせてもらってるから馬肉は絶対食べないとも言っていた。

サイレンススズカが亡くなった夜

武豊さんは

今までにない程ワインで泥酔し泣いて荒れていたと言う。

それほどまでに彼を愛していた。

サイレンススズカを史上最速馬と称していらしたらしい。

 

武豊さんが今でも活躍なさっているのは

才能と努力はもちろんのこと

馬を愛しているから

それが馬達にも伝わっているのだと思う。

馬にだって心がある。

あれだけ愛情を注いでいる武豊さんを勝たせたい!と思っても不思議ではない。

一方、ある騎手は

ゲートに入るのを嫌がる馬の鬣をつかみ頭を思い切り叩いているのを見たことがある。

あんな人落馬すればいいのに。

そう思った。

馬のおかげで生活出来ているのにたたくなんてあり得ない。

そんな人は馬に乗る資格などない。

彼は現在引退している。

落馬したかどうかは知らないけど

馬に愛されはしなかっただろう。

全ての動物が幸せであってほしいという願い

私は動物が大好き。

馬も猫も犬も全ての動物が。

だから

武豊さんのように動物を大切に扱ってくれる人は無条件に大好き!

もっともっと稼いで欲しいと願っている。

動物に優しい人に悪い人はない

勝手にそう思っている。

動物は物じゃない。

物言えぬ動物だからこそ

人間が守ってやる必要がある。

だから

動物に優しい人にはどんどん豊かになって欲しい。

そして

動物に優しい世界を共に創っていきたい。

ありがとう!サイレンススズカ

私もようやく彼のいなくなった哀しみから少し楽になれそう。

ずっと心の奥に溜めていた想いを

手放す時が来たのかも知れない。

 

実はまだ彼のお墓詣りに行けてない。

北海道の日高、稲原牧場に彼は眠っている。

北海道はまだ行ったことがないから地理が全くわからないけど…

日高ってどこ??

日高昆布しかわからない。。笑

 

でも今年は行きたい。

いや、行く。

20年経った今、やっと。

命日の11月1日はきっと多くの人がお参りに訪れるだろうから

他の日にひっそり行ってゆっくりお話しようと思っている。

待っててね、ワキちゃん!

(人参を持っていこうと思ったら食べ物はダメなんだって…)