フルートで自分の限界に挑戦!!アンコール〜番外編〜

前回で一応フィナーレを迎えたフルートオーディション編ですが

まだ書きたいことがあるので

番外編として書いてみます。

やっとしゅわしゅわする気分になったので

最近のお気に入りを呑みながら

久しぶりにパスタも作ってみた

本当は悲しかったという本音を封印していた

 

今も尊敬してやまない

Sir James Galway氏の演奏を聴きながらこのブログを書いている。

もちろん曲目はモーツァルト

どんだけ好きなの?って感じですが(笑)

オーディションの不合格通知が届いたとき

悲しかったはずなのに

泣けなかった。

それが

最終楽章

を書き

Galway氏の奏でる音を聴いていたら

初めて

が流れた。

本当は悲しかったのだ。

なのに

気づかぬうちに

その悲しみを封印していたのだ。

いつもので・・・

でも

オーディションで奏でた曲を聴いた時

押し込めていた悲しみがとめどなく溢れた。

本当はとっても悲しくて残念だった。

本音で生きると決めてなお

悲しみや辛さは見て見ぬ振りをしてしまう。

心の声に従ったら上手く行く!・・・とは限らない

 

練習の途中

あと2週間というところで

本音に従い

曲を変更した。

このことに悔いは無い。

でも普通は思うかもしれない。

本音に従えば上手く行くはず!

と。

でも結果は不合格

本音に従ったのになぜ???

答えは明らか。

本音に従えば全てがスムーズにいくというのは思い込み

そしてもう一つ。

オーディションに不合格だったことが

失敗ではないからだ。

目に見える現実だけで捉えれば

不合格=失敗

である。

でも私たちの知覚できることだけで判断できるものは

何もない。

これは

全てを前向きに捉えましょう的な

物悲しいポジティブシンキングではない。

私たちの目に見えるものだけでは

何も決めることができない。

これはもう今までの経験で100%断言できる。

自分自身でいる時に何が起こるか見てみよう!

 

私の大好きなブロガーさん

通称Happyちゃん

現在は

竹腰 紗智さんとして活動している方がおっしゃっていたこと

「自分自身でいる時に何が起こるか見てみよう」

今、私はこれを実験しているのだ。

自分の中の本音を捉え

それに従った時

一体何が起こるのか

それは一見良くないこと

辛いことや悲しいことかもしれない。

でも本当の自分でいて

不幸になることはありえ無い。

なら見てみよう。

何が起こるのか。

自分の小さな枠で捉えることから飛び出して

宇宙がどんなことを仕掛けてくるのか

見てみようじゃないの!

そんな心境だ。

現在の私は

オーディションには落ちる

仕事もこれといって大きな進展はない

でも

今目に見える現実は過去の私の意識が造ったもの。

ならば

これからいくらでも

造り直せる。

今までの偽りの自分が造った現実がこれならば

本音でいたら一体どんな現実になるのか。

目の前の現実に一喜一憂せずに

淡々と現実を創造していこう。

大門未知子になれなかったわけ

 

私は今までほとんど緊張したことがない。

吹奏楽部の演奏会やコンテスト、コンクール。

常に何かしらソロを演奏していた。

でも

全く緊張したことがない

なのになぜ今回こんなにも緊張したのか?

答えは明白だ。

明らかに練習不足

いわば一か八かという博打に近い状況だった。

昔緊張しなかったのは

失敗なんて頭に浮かぶ事もないほど

練習していた。

上手くいって当たり前

その自信を裏づけるほどに練習していたのだ。

400字詰め原稿用紙に「正」の字を書いて

何百回でも

納得いくまでとにかく吹く。

頭で他の事を考えていても勝手に指が動くくらいまで。

そうなればこっちのもの。

「私、失敗しないので」

の心境になれるのだ。

事実、失敗したことが一度もなかった。

だが

今回は本当に時間が足りなかった。

だから自信がなかった。

大門 未知子にはなれなかった。

本番で上手く行くかは時の運。

こんな状態で緊張しないわけがない。

自信は「自分を信じる」こと

 

そう

自分を信じきれなかったのだ。

信じるだけの練習量をこなせなかった。

それでも

曲を変更したことに後悔はない。

こんなにも大好きな曲を毎日演奏することができたのだから。

オーディション直後は体力不足で吹きたくても吹けなかったが

今はまた

時間があればモーツァルトを吹いている。

今度は楽しみながら(笑)

来年もオーディションがあるようなので

また挑戦するつもり。

今度はしっかり練習して

大門 未知子になって受ける!

やりたいことはやったもの勝ち。

こうなったら毎年受けて

「また来たの!?」

と呆れられるくらいになろう(笑)

身体を極限まで使うと動物性が欲しくなる

 

これはあくまで私の個人的な体感

毎日ヘトヘトになるまで練習すると

植物性だけでは物足りなかった。

食べても食べても

満足しない。

ふと

「焼き鮭が食べたい」

と思ったのでスーパーで購入し

ご飯と共に食べてみた。

まあ、その旨いことといったら!!!

動物性たんぱく質を食べるとお腹が落ち着き

余計なものを欲しなくなる

これは体質によるところが大きいのだろう。

ヴィーガンアスリートなどいくらでもいるのだから。

だが

今回の私はとにかくが欲しかった。

試しにを口に入れたら

やはり肉ではない

で十分。

私はここぞとばかりに人体実験する。

今本当に食べたいものは何???

と身体に聴きまくる。

マクロビオティックの良いところは

自由自在なところ。

ベジやヴィーガンと決めつけない。

それは決して「ゆるい」のではない。

「ゆるベジ」という

なんとなく自分に甘くというカテゴリーとは全く別のもの。

身体が、心が

本当に求めるものを摂る

これが本当のマクロビオティックなのだ。

これはで食べていては絶対にわからない。

思考は邪魔しかしない。

ここでも本当の自分の本音に向き合うのだ。

こうして自分の内側に意識を向けていると

誰がどうしたとか

本当にどうでもいい

外側が気になるのは

内側をおろそかにしている証拠。

つまり

ヒマなのだ。

誰がどうしたとか言っているヒマがあったら

自分の内側に意識を向けよう。

時間の無駄だから。

私もつい意識を外に向けてしまう。

するとやはり気分が悪い

他人の言動に振り回される。

だから今、FBを始めSNSのフォローは殆ど外している

インスタなんてHappyちゃん大戸屋さんだけ!笑

そしてSNSに使う時間も格段に減った。

こうして自分の中に入れる情報を限りなく減らすことが

意識を内側に向かわせるひとつの方法でもある。

こうやって意識の向きを内側にし

自分の感覚に従う。

そして

余計な思考を取り除く作業に没頭していると

思いもよらない出来事に出くわす。

 

私の大好きなフルートの神様

Sir James Galway氏

あまりに遠い存在であった彼が

一気に近い人と感じる出来事が起きた。

これはもう理屈では言い表せない。

自分自身でいる時に何が起きるのか見てみよう!

それを実践したとき

宇宙は思いがけないプレゼントをくれる。

これについてはまた今度。。笑

 

番外編をお読みいただきありがとうございました!