マクロビスタイリスト高橋 直弓にとっての「食」とは.. ベジ・ヴィーガン・マクロビの枠を越えて

なぜ食の世界に入ることになったのか

私にとっての食とは

食を通じて伝えたいこと

そんな食についての想いを書いてみました。

「食」が「苦」でしかなかった子供の頃

食の仕事をするようになってかれこれ20年以上が経ちました。

まさか自分がこの世界にこんなにどっぷり浸かることになるなど、幼い頃の私が知ったらどんなに驚くことでしょう。

なぜなら、子供の頃の私にとって、「食べること」は「苦痛」以外の何物でもなかったのですから。

 

「食べること」を苦痛に感じるようになったのは小学生になってから。

学校給食が苦手でその時間が来るのが怖くて仕方ありませんでした。

特に「ビン牛乳」の臭いにおいが大嫌いでどうしても飲むことが出来ませんでした。

もともと少食な上に必ず牛乳を1本飲まなくてはいけない。

私にとっては拷問でした

でも、当時は食べ物を残すということが「悪」とされていて、担任の先生も絶対に食べ物を残すことを許してくれない時代。

泣きながら食べる給食が、私にとって何より苦痛な時間だったのです。

そのうえ、給食が嫌で学校に行くのさえつらくなり、朝ごはんも食べられなくなってしまいました。

もうこうなると地獄。

当時の私にとって、「食」を一言で表すならば「苦」でしかありませんでした。

食に光が差したある日の出来事

そんな感じだったので、当時の私にとって食べることはつらいこと。

食べないで済んだらどんなに楽だろう。。。と思ったものです。

給食嫌いは高学年になるまで続き、学校に通うのさえ困難になり、不登校になりかけながらも頑張って通いました。

そんな小学低学年をなんとかやり過ごし、4年生になったある日。

家族と親戚の家に遊びに行きました。

その時、近所の方が自家製のアップルパイを丸ごと持ってきてくださったのです。

 

丸ごとのアップルパイなんて生まれて初めて!しかも焼きたてのほかほかです。

オーブンから出したてのそれは香ばしいバターと甘酸っぱいりんごとシナモンの香りが渾然一体となって、私の鼻をくすぐりました。

目の前に置かれたまだほんのりと温かいアップルパイを一口食べた時の衝撃といったら!

なんて美味しいんだろう。。。

サクサクのパイ生地にとろりと優しい甘さのりんごがたっぷり。

世の中にこんな美味しいものがあったのか!というくらい私にとっては驚きだったのです。

一体どうやって食べたのか。

一口ずつ味わったのか、それともあまりの美味しさに飲み込みように食べてしまったのか。。

それさえ覚えていないくらい衝撃的でした。

今まで食べたアップルパイは一体なんだったの???

ケーキ屋さんのショーケースに入っていたそのパイ皮は硬く、中のりんごは冷たくてあまりシナモンの香りもしなかったように記憶しています。

でもそれがアップルパイだと思って食べていたのでした。

アップルパイが人生を変えた

 

衝撃のアップルパイとの出会いが私の食への道の第一歩となりました。

「私も美味しいアップルパイを焼く!」

早速親に頼んでオーブンを買ってもらいました。

決して裕福な家庭ではなかったのですが、普段おねだりをしない私が珍しく「欲しい」と言ったからでしょうか。

すぐに小さな電気オーブンを買ってくれました。

そのオーブンに付いていたレシピ本を読みあさり、片っ端から作り続けました。

クッキー、シュークリーム、スポンジケーキ、パウンドケーキ、ロールケーキなどなど。。。

でも、その小冊子にはパイの作り方は載っていませんでした。

そこで母に頼んでお菓子の本を買ってきてもらいます。

パイの作り方が載ってる本買ってきて!

買ってきてくれた本を見ると、確かにパイなんだけどショソンタイプのもの。

ショソンとはフランス語でスリッパの意味のちょっと形が違うアップルパイでした。

このレシピが載っているのは森山サチ子先生のご本でした。

私がいうアップルパイはあくまでリボン状のパイ生地が格子状にクロスしたものだったのですが(笑)

 

それでもまたこの本の中のレシピを片っ端から作り倒し、一通りのお菓子を作りあげました。

こんなことをしている小学生後半はとても楽しくて、学校給食は相変わらず苦手だったものの牛乳をこっそり捨てるという技も身につけ(笑)食への苦手意識がなくなっていきました。

ひたすら作る、作る、作る。。。

お菓子作りに出会ってからはひたすらいろいろなお菓子を作り続けました。

本当は母と一緒に作りたいという気持ちがあったのですが母は仕事で忙しく、「一緒に作りたい」という言葉を飲み込んで一度もそれを口にしたことはありませんでした。

その代わりといってはなんですが、3つ年上の兄と一緒にお菓子を作りました。

兄も甘いものが好きな上、手先が器用なので、当時卵が割れなかった私はいつも兄に卵を割ってもらっていたのです。

一緒にカスタードクリームを作ってみたり、マドレーヌを焼いたり。

私が卵黄を混ぜて兄が卵白でメレンゲを泡立てて。。。

そして出来上がったお菓子を二人で「美味しいねえーーー」と言いながらおやつに食べていたのです。

私にとってお菓子作りは楽しみであり兄とのコミュニケーションでもあり、いつの間にか人生になくてはならないものとなりました。

アレルギー発症

お菓子作りに目覚め、お休みの日には何かしら作っていました。

この頃買ってもらうものといえば製菓道具ばかり。

ハンドミキサーに回転台、ホイッパーなどなど。

これらは今でも現役で私の右腕として活躍してくれています。

お菓子作りは飽きなくて高学年になっても次から次へと新作を作り続けました。

その頃からでしょうか。

皮膚にアレルギー症状が出るようになりました。

蕁麻疹が出やすく、病院でもらった薬をつけてもいたちごっこで治る気配がありませんでした。

当時は白砂糖と身体の関係など知るはずもなく、まさか自分の作ったお菓子が痒みの原因になっているとは思いもしません。

なのでお菓子作りはずっと続き、アレルギーも治ることはありませんでした。

ダイエットがきっかけで料理の世界へ

お菓子作りをしていたものの、お料理に関してはそんなに興味もありませんでした。

いわゆる家庭科の授業は得意で調理実習も好きでしたが、お菓子ほどの楽しさを感じることはなかったのです。

それが一変したのが高校生の時。

ダイエットがきっかけで自分で料理をするようになりました。

そんなに太っていたわけではありませんでしたがスタイルが気になるお年頃。

いろいろダイエットを試みた結果、ハマったのが油抜きダイエットでした。

これは素材に含まれている油はもちろん、調理にも油を使わないのでちょっとしたテクニックが必要。

それが化学実験みたいで楽しくてすっかり夢中になってしまいました。

肉や魚の油は切り取ったり茹でたりして徹底的に取り除き、テフロンのフライパンを使って炒めたり焼いたり。

お菓子も油抜きのケーキや和菓子を作りました。

これが思ったより美味しくて面白かったのです。

通常のレシピから油を抜いて新たなレシピにアレンジする。

これが面白くて続けていたのですが、思えばこれがレシピを考えるヒントになっていたのかも知れません。

玄米食との出逢い

油抜きダイエットはご飯はたくさん食べられるので苦痛もなく、体重も程よく落ちました。

ダイエットが必要ではなくなってからも油抜きは習慣化して努力もなく続けていました。

そして高校を卒業して短大へ進んで間も無くのこと。

あるきっかけで玄米食に出会います。

それは添加物に関する本。

たまたま本屋さんで添加物の本を見つけて読み、すっかり怖くなってしまいました。

今まで何の疑問もなく食べていた食材が実は添加物だらけだと知った時のショックといったら!

もう、市販の物は何も食べられない

自然食品店がまだそんなにない時代、無添加の物を買うのはそれは大変なことでした。

食事についていろいろ調べて行くうちにたどり着いたのが玄米食。

家にある調味料は少しずつ無添加のものに替え、主食は白米から玄米へ。

当時はレシピ本も殆どなく、完全な自己流でした。

安い圧力鍋で炊いた玄米ご飯はボロボロで硬く、決して美味しいものではありません。

それをよく噛みもせずごま塩をかけもせず食べ続けます。

当時から減塩も流行っていたのでより健康を考えて塩もほとんど摂らず。

自分では「なんて健康的な食事なんだろう」と思い込んでいたのですが。。。

身体は悲鳴をあげていたのに聞こえなかった私

玄米食を続けて1年ほど経ったある日、突然貧血で倒れてしまいました。

ちょうど就職活動をしていた時期で、履歴書に貼る写真を撮影している時に急に気分が悪くなって倒れ、そのまま寝たきり状態になってしまいました。

自分ではどうしてこうなってしまったのが全く訳がわかりませんでした。

あんなに健康的な食事をしていたのに。。。

倒れてからは何も受け付けず、みるみる体重は減っていきました。

生理も止まり、髪の毛は毎日大量に抜けていきます。

水さえ吸収しないので全く起き上がる力もありません。

おそらく、当時の体重は32〜33キロくらいになっていたのではないでしょうか。

もう、体重計に乗ることも出来なくなる程弱り切っていたのです。

あれは本当に健康的な食事だったのでしょうか?

こんなになるまで身体は何も感じていなかったのでしょうか?

実はそうではありませんでした。

身体はちゃんとサインをくれていました

私がそれを無視していたのです。

偏頭痛がする
階段を上ると息切れがする
だるくてつい座りたくなる
履歴書の文字がちゃんと書けない

身体は必死になって私にSOSを送ってくれていました。

でも、私の思い込みがそれらを全てはねつけてしまったのです。

その思い込みとは

「玄米食をしているんだから悪くなる訳がない」

これがあらゆる身体の声を聞こえなくしてしまいました。

ちょっとしただるさも

「これは排毒症状にちがいない」

と片付け、

今までになったことのない偏頭痛も

「これが好転反応なんだ」

とスルーして。

自分を大切にするつもりで始めた玄米食で自分をとことんいじめてしまったのでした。

玄米食で死にかけてやっと気づく

何も受け付けなくなり、起き上がれなくなってやっと私は「おかしい」と気づいたのです。

もう自力ではどうにもならず、近所の病院に連れて行ってもらい、点滴を受けて命を取り留めました。

「よくこんなになって生きていたね、こんな身体でよく動けるね。大変だったでしょう?」

子供の頃からお世話になっていた先生や看護婦さんに優しく言ってもらい、やっと楽になれたのです。

寝たきりになっていても母からは「もっと動け」と言われていたので、私は自分が怠け者だと思ってどこかで自分を責めていました。

でも、怒られると思っていた病院の先生たちに理解してもらえたことが嬉しかったのです。

ああ、もう頑張らなくていいのだ、と。。

それからしばらく点滴に通い、本当に少しずつですが身体に力が蘇ってきました。

料理コンテストの面白さにハマる

とは言えここまで弱ってしまった身体はすぐには元に戻りません。

生理も2年以上止まったままでした。

食事も少しずつ摂れるようになったものの、一度活力を失った内臓はなかなか食べたものを吸収してはくれませんでした。

もしこの時マクロビオティックを知っていたら。陰陽の原理を知っていたら。

あっという間に回復していたことでしょう。いえ、その前にこんな状態にならずに済んだはずです。

でも当時の私にはそんなことを知る由もありません。

なぜ私が倒れてしまったのか。

それは後でマクロビオティックを学んでから簡単にわかったことです。

その事については後ほど詳しくご説明しますね。

そんな状態でもなんとか短大は卒業しましたが、とても就職することは出来ず家で静養していました。

家ではずっと寝ている訳ではなく、徐々に起きて散歩したり出来るようになっていきました。

そして少し体力がついてきた頃アルバイトを始めました。

生まれて初めてのバイトはビルの受付嬢のお仕事。

ずっと座っていられるのでそんなに体力がなくても出来たのです。

職場の方も皆優しく、仕事も電話や来客対応だけでほとんどやることがないのでのんびり気ままに過ごしていました。

が、ずっと暇なのもそれなりに苦痛です。

そこでハマったのがレシピコンテストでした。

当時、料理のレシピコンテストが盛んでいろいろなところで開催されていました。

それまでレシピなんて作ったことがないにもかかわらず、応募してみよう!と様々なコンテストに応募しました。

バイトの暇な時間を利用してレシピを考えるのが楽しみになっていました。

今だから言えますが、応募したレシピのほとんどが実際には作っていないのです(笑)

頭の中でなんとなく

これとこれを合わせて〜

分量はこれくらいで〜

写真が必要なものは適当に作って撮影して応募。

そして応募したもののほとんどが入賞するという面白い現象が起きていたのです。

時はバブル期。

入賞すると結構な賞金がもらえたり、対象商品の詰め合わせがいただけました。

電話で取材を受けたり、雑誌に載ったり。

遊びながらお小遣いが貰える。

私にとってはこれほど楽しい遊びはありませんでした。

中でも大きかったのが料理雑誌「 ESSE」の大賞をいただいたこと。

当時まだ22歳でした。

今では大人気料理家の栗原はるみさんがまだ今ほど知られていない頃で、コンテストの審査員として参加なさっていました。

賞金を頂く他に「 ESSE」に掲載され、当時放送されていたTV番組に出演させてもらったりと、今ではとても楽しい思い出です。

あの時のビデオがどこかにいってしまってもう見られないのが残念。。

フジテレビさんに残ってるかなー。

今では当たり前となっているレシピの中に、私が元祖だぞ!と密かに思っているものがいくつかあります(笑)

例えば。。。

・白玉団子を豆腐で捏ねるのはESSEの大賞をいただいた「ごまみるくしるこ」のレシピ

・餃子の皮にケチャップを塗って具をのせて焼くピッツァはカゴメのコンテストの入賞レシピ

・かぼちゃをマヨネーズで和えるサラダは雑誌「クロワッサン」掲載レシピ。この時には豆腐とマヨネーズで和えたサラダだったのですが、当時かぼちゃをマヨネーズで和えるのは斬新!というコメントをいただいたのです(時代がバレますね)

今ではポピュラーな作り方ですが、どれも30年くらい前に私が考えたレシピですから(それ以前に考えた方がいるかもですけど)

レシピを作るのなんて朝飯前

たくさんのコンテストで賞をいただいたおかげで私の中にこんな思い込みが出来上がったのです。

はじめに入賞していなければ、今この道に進んでいなかったかもしれません。

この思い込みが今の仕事を支えてくれています。

レシピを作る時、今もほとんど試行錯誤はしていません

ひらめきや思いつきを形にしていくだけです。

そして仕上げの調整をして

ハイ、終わり!

こんな感じなので今でもレシピ作りは遊びの延長なのです。

マクロビオティックとの出逢い

コンテスト遊びが落ち着いた頃、いよいよマクロビオティックと出逢います。

たまたま知人に料理教室に誘われて、行ってみたらそこがマクロビオティックの総本山リマクッキングアカデミー(現リマクッキングスクール)でした。

もともと知人の主催する集まりによくお弁当を持参していたのですが、それを見た方々から作り方を教えて欲しいという声をいただいていました。

当時私はまだ25歳。

みなさん私の母親くらいの年齢の方ばかりで、そんなベテラン主婦の方に私が料理を教えるなどとんでもないとお断りしていました。

それでも、どうしてもということになり、それならば基本を学んでからにしようということで料理教室に通うことにしたのです。

当時まだマクロビオティックなんていう言葉も知らず、行ったところがマクロビオティックの総本山とも知らず。

のほほんと気楽に行ったその場所がまさかのとんでもなく厳しいスクールだったわけです(笑)

陰と陽を知る

今でこそマクロビオティックという言葉も市民権を得ましたが、当時はそんな言葉を見たことも聞いたこともありませんでした。

何がなんだかわからないまま通い始めたのが25歳の時。

玄米の炊き方から始まり野菜の洗い方に切り方、ごま塩の作り方などとにかく徹底的に基本を学びました。

当時は陰性はダメ、玄米は圧力釜で炊くべし、のような陽性信仰のようなものがありました。

陰性は怖いですよ!とおっしゃる先生もいました。

今なら断言できます。

あの教えかたはまずいです(笑)

陰陽は善悪ではないと言いつつ、陰性が完全に悪者になってしまっていましたから。

あれを素直に受け入れてしまうから、みんなおかしくなっちゃうんです。

善悪をつけた時点でそれはもうマクロビオティックとは程遠いものになっています。

これに気づかないとマクロビオティックをしている意味がありません。

陰も陽も存在している単なるエネルギーです

どちらが良いも悪いもありません。

どちらも必要です。

どちらもないとこの世はなりたちません。

その、陰と陽を環境や体質に合わせて上手に取り入れてこそが本来のマクロビオティックなのです。

塩抜きで死にかけたのは陰性過多が原因

私が自己流の玄米食で死にかけたのはマクロビオティック理論で観れば簡単なこと。

もともと胃弱なところに消化の悪い形で玄米ごはんを食べ、塩をほとんど摂らなかったわけですから、倒れて当然。

塩を抜くと細胞が緩み、内臓全てが弛緩して消化吸収能力が低下します。

だから水さえ吸収できなかったのです。

まして硬い玄米など消化できるわけもありません。

そして細胞が緩めば体温も下がります。

当然毛穴も開くので髪の毛も抜けます。

だるい、動けない、字が書けない。。。

栄養失調状態なので生理も止まります。

全て陰性の症状だったのです。

もしあの時陰陽原理を知っていたら。

塩をしっかり摂って、玄米をよく噛んで陰陽のバランスよく食べていたら元氣いっぱいになっていたことでしょう。

もし死にかけた後でもこの原理を知っていたらあっという間に回復していたはずです。

塩抜けで極陰性になっていたのですから、塩をしっかり摂るだけでも元氣になるのです。

陰陽を知らないというのは本当にもったいない。

自分の経験で心の底からそう思います。

現在もその原理を応用するだけでどれだけ多くの方の病気が良くなることか。。

陰も陽もどちらも必要。バランスが全て

住む環境、体質、季節

それによって必要な陰性も陽性も全く違うのです。

どちらかだけが多くても少なすぎてもバランスが崩れます。

マクロビオティックというのは完全オーダーメイド

一人ひとりに合ったバランスがあるのです。

それはその人だけにしかわかりません。

例えどんなに経験豊富なマクロビオティック指導者であろうと、本当のことは本人にしかわからないのです。

心と身体の声を聴く

これができれば決して間違うことはありません。

私を含め、いったいどれくらいの人が自分の声に耳を傾けているでしょう。

子供の頃からたくさんの知識を詰め込まれ、あれが正しい、これはダメ、と教えられ、自分の感覚を閉じることを覚えてしまった私たち。

ふとしたひらめきも直感も気づかないくらい、自分を閉じて生きてきたのではないでしょうか?

それはそうしないと生きていけないと思い込んでしまったからなのです。

自分がこれ以上傷つかないように、一生懸命生きてきたのです。

大切な自分を必死に守ってきたのですね。

それでいつの間にか自分の声をスルーするのが当たり前になってしまいました。

それしか自分を守れないと信じてしまったから。

でも、それはもう必要ないこと。

自分に必要なことは全て自分が知っています。

食べるものも、着るものも、仕事も友達も何もかも。

誰かに聞かなくても本当は全て分かっているのです。

食は自分を生きるリハビリの一歩

今、私が食べたいものは何だろう?

ごはん?パン?麺類?

それとも野菜?肉?魚?フルーツ?

冷たいもの?温かいもの?

カリカリしたもの?サクサクしたもの?

しっとり?ふんわり?

これは頭で考えてもわかりません。

感じてみるのです。

それを食べた時、私はどんな感じがするだろう?

食べるイメージをしてみます

ふわっとなる?

キュッとなる?

わくわくする?

どよ〜んとなる?

食べるイメージだけでも感覚が変わるのがわかりますよね。

じゃあ、実際に食べてみましょう。

美味しい?

思ったより美味しくない?

リラックスする?

緊張する?

眠くなる?

元氣が出る??

 

食べた後の感覚も感じてみましょう

すると、自分が本当に求めていたものがわかるようになります。

今までずっと我慢をしてくると、本当に食べたいものさえわからなくなってしまうのです。

でも、少しずつ練習すれば本来の感覚が戻ります。

自分が本当に必要なものがわかるようになります。

頭で食べずに全身で食べる

本当に食べたいものがわかるようになると、その他のこともだんだんわかるようになります。

そのためにもちょっとした違和感を無視しないこと。

「食べたいな」という気持ちに蓋をしない

本当はほかほかの真っ白いごはんが食べたいのに、無理やり玄米ごはんを食べないこと。

「玄米は芽が出るけど白米は粕」

これは「感覚」ではなく「頭」、つまり「思考」です。

ジャッジしています。

「玄米が美味しい」と言っている人。

本当に美味しいですか?

「身体にいいから」

美味しいと思い込んでいませんか?

私は玄米を本当に美味しいと感じるのは自分が炊いた玄米ごはんだけです。

その他のを美味しいと感じることは本当に少ないです。

なぜなら、自分で炊いたものは自分の身体に聴いて身体に合うように炊いたものだから。

食べていて本当にしみじみ美味しいです

笑みがこぼれます。

食べた後、ほわっと身体が緩みます。

食べれば食べるほど玄米ほど炊き方によって味も身体に対する影響も大きいものはないと感じます。

だから無理して食べません

外食で玄米を選ぶことはほとんどなく、選べるなら白米にします。

その方がずっと胃の負担が少ないのです。

身体が楽なのです。

「玄米が美味しい」という方、一度本当に美味しいのか感じてみてください。

「本当にこれが食べたい?」と自分に聴いてみましょう。

頭で食べると感覚が閉じる

特にマクロビオティックを実践しはじめの、陰陽を習ったばかりのころなどは感覚ではなく頭で考えて食べるようになります。

はじめはそれも必要です。

「これは陰かな?陽かな?」

「これは食べても大丈夫かな???」

はじめは考えながらだとしても、だんだん考えなくてもわかるようになります。

でも、多くの方がずっと考え続けてしまいます。

自分で感じることをやめてしまい、頭で食べるようになります

こうなるとマクロビオティックから遠ざかってしまうのです。

なぜか?

マクロビオティックは思いっきり自由に人生を楽しむためのツールに過ぎないのに、マクロビオティックのために生きるようになるからです。

それではなんのためにやっているのかわかりませんね。

あくまでも自分が上

マクロビオティックも食も自分が楽しむために存在するものです。

それを上手に使いこなせたらこんなに面白いものはないでしょう。

まずは「食」から自分の感覚を取り戻してみませんか?

世間で「良くない」「悪い」と言われているものでも食べたかったら食べればいいのです。

マクロビオティックでは禁止しているものはひとつもありません

食べてみてどうなのか感じることが大切。

全ては意識が創っていますので、「思い込み」を外して食べてみてくださいね。

新しい世界が開くかもしれませんよ。

マクロビオティックもベジもヴィーガンも全て楽しむ

現在の私自身の食生活はマクロビオティックがベースです。

決してヴィーガンではありません。

動物が大好きなので肉は全く食べませんし、ウールやダウンなど動物性の衣類や雑貨も買いません。

幸い肉類を食べなくても健康を維持できる体質なので必要としないのです。

ですが、時と場合により少しの魚を食べることはあります。

マクロビオティックは動物性を排除することはありません

全ての人が植物性だけで健康を維持できるわけではないのです。

人により、

時と場合により、

必要ならば卵やウニなどを増血剤として使います。

ヴィーガンの方は徹底的に動物性を排除しますが、いわゆるベジにも様々な種類がありますね。

その選択は人それぞれ

必ず全ての人がヴィーガンになるべきとは微塵も思いませんし、それを人に強制する必要も感じません。

押し付けは単なるおせっかいです。

余計なお世話、です。

人にはタイミングというものがあり、ベジやマクロビオティックを実践するにも一人一人違うタイミングがあるのです。

もしかしたらそれは来世かもしれません。

今世では思いっきり肉を食べると決めて生まれてきたのかもしれません。

なのに、誰彼かまわずヴィーガンヴィーガンと声を荒げるのはおかしいですね。

それがすでに戦いのエネルギーだということに気づいているでしょうか。

かわいそうな動物を助けるために!!

毛皮反対!!

動物を思う優しい気持ちを戦いのエネルギーで消してしまっては本当にもったいないですね。

世界平和のために自分の中に平和をつくる

一番手っ取り早い世界平和への道は自分が平和になること。

自分の中の戦いを終わらせること

そうしたら勝手に世界平和へとつながりますよね。

テーブルの上の戦い(肉食反対など)よりも

自分の中の戦いを終わらせることが何より先

目の前の現実は自分が創っているのだとしたら

現実をどうにかしようとしても何も変わりません。

変えるのは自分の意識だけ

ベジタリアンとは「野菜を食べる人」ではない

ベジタリアンというと「動物性を摂らずに野菜を食べる人」、いわゆる菜食主義という解釈だと思います。

ですが、本来はそうではなくラテン語のVEGETUS

活気がある

生命力に満ち溢れた

という意味だそうです。

何を食べるかは関係無いのですね。

心身ともに健康になるために動物性を避けるという方が多いと思うのですが

例え完全に植物性食品しか食べていなくても、動物性にばかり意識を向けていればそれは動物性を食べているのと同じことになるそうです。

肉を食べてはいけない!

肉を食べると血が汚れる!

肉、肉、肉。。。。

こうして肉を特別視し、肉食している人を攻撃するならば

実際に肉を摂っていなくても肉を口にしたのと同じなのです。

だから攻撃的になるのです。

これはベジタリアンではありません。

肉を肉たらしめているのは他でもない、その人の意識です。

野菜を食べていてもその人は肉食をしているのと同じなのです

逆の言い方をすれば、例え肉を食べていようとも

その人らしくイキイキとしているならばその人はベジタリアンということです。

何を食べるかより

どう食べるか

どんな意識で食べるのか

なのです。

マクロビオティックは全てを包含するもの

私はマクロビオティック実践者ですが

そこにはベジもビーガンもゆるベジもゆるマクロも全て壁がありません。

先ほども言ったように何を食べるかは一つの要素でしかないのです。

その人が本来の輝きを放てるならば手段は何でも良いでしょう

誰もがもともと輝いているのことを思い出すのであれば

何をしようが

何を食べようが

全く関係ありません。

輝きを取り戻すために

ただ、食べ方次第で身体はいくらでも変化するのは事実です。

意識も食べ物の影響が大きいことは体験からわかります。

私が食に異常に興味を持ち、食の大切さや面白さを知ってもらいたいと願うのは

自分が体験してきたからです。

人の身体が食によってどれだけ変化するのかを

間違った玄米食によって死にかけたのは、それだけを見たら不幸かもしれません。

下手をしたら本当に死んでいたかもしれません。

でも、そのおかげでいかに食というものが大切かが身にしみてわかっているのです。

その体験があったからこそ

伝えられることがたくさんあるのです。

そして誰もがこんなに大変な思いをする必要はなく

もっと簡単に最短距離で健康で幸せになれる

そのためにこうして発信しているわけです。

遊ぶようにレシピを作る

いろいろお伝えしましたが

要は私が食べることが大好きなのです。

子供の頃はあんなに食べることが苦痛だったのに、今では食べることが大好き。

作るのも、食べるのも、食べてもらうのも楽しくてやめられません。

それはあのアップルパイとの運命的な出逢いがあったから

あれがなければお菓子を作るなんて一生しなかったかもしれません。

運命を変えるレシピを作りたい

今はとにかく美味しいレシピを作ることが何より幸せ。

レシピ作りは私にとって遊びの延長なのです。

楽しくて当分やめられそうにありません。

そして遊ぶように作ったレシピが誰かの人生を変えるかもしれない。

アップルパイが私の人生を変えたように

そう考えるともう楽しくて。

今はアレルギーの方も多く、食べたくても食べられないものがあると思います。

 

卵アレルギーの人も食べられる卵を使わないベジタマゴサンド

こちらのベジタマゴサンドを販売したい店舗様はお問い合わせくださいませ

 

食べたいのに食べられない

それでは人生の楽しみが半減してしまいます。

そんな人が安心して食べられるレシピを作りたい

アレルギーがあるからそれを選ぶのではなく

アレルギーじゃないけど、それが食べたい!!

と思えるような

美味しくて楽しくてわくわくするようなレシピ

それをこれからも生み出していきます。

それが私の遊びでありライフワークだと確信しているから。

ベジやヴィーガン、マクロビオティックの知識を活かし、単なるもどき料理だけでなく、動物性食品を食べる方にはその毒消し料理レシピを。

体調の優れない方には身体を調えるレシピを。

食べて美味しく身体に優しく作るのが楽しくなるヴィーガンレシピをこれからもどんどん作っていきます。

食べるために生きてもいい!

食べるために生きるのではない、生きるために食べるのだ

というのは真実だと思います。

私たちが食べるのは神様からお預かりしているこの身体を維持するのが目的ですから。

でも、どうせ食べるなら

ああ美味しい!!!

と心から感じるものを食べて欲しい。

そして本当に身体が求めているものは美味しいはずなのです。

心と身体がほっと緩む食事。

食べた後も軽やかで心地よく、ふっと力がほどけるような

そんな食事こそ本質が求めている食なのだと感じています。

本当の意味でなんでもいい

ベジでもビーガンでもマクロビオティックでもいい。

肉食でもジャンクでも。

なんでもいいのです。

とにかく自分の心がほどけるものを選ぶ

そこからスタートです。

食べる量も回数も人それぞれ。

誰一人同じはずがなくて当たり前です。

今まで無意識に選んでいたなら少しでも意識する。

本当に食べたいものを食べてみる

そこに頭を使わない

栄養があるから

無添加だから

身体によさそうだから

カロリーが低そうだから

それを選択の基準にしないことです。

食べてみて「違うかも」と思えば

また別のものを食べてみる。

その繰り返しです。

徐々に本当に身体が必要としているものがわかるようになるのです。

そしてわからない自分に✖️もいらない。

間違っても罪悪感を持たなくていいし持ったらそれもよし!

とにかく身体を緩めてリラックスする

リラックスできない自分にも◯をつけてやる。

これは自分に言っているのです。

食は大切ですが、食が全てではないし

人生を変えるきっかけのひとつになってくれたら嬉しい。

そんなスタンスでこれからも食の面白さをお伝えしていきますね。

 

長文お読みいただきありがとうございました!

Have a Sweet Day!